大統領選挙年は4年に一度のアメリカの政治の季節。長いプロセスを経て大統領が決まるその過程でなにがより重要なのかをゆっくり考える機会を与えてくれるイベントという意味ではけっこうなことだというのが私の米大統領選挙観です。日本の2週間ほどで突然選挙が始まって終わるプロセスとは相当に違う。

その4年に一度のタイミングに合わせて問題提起をする動きも活発化するわけです。2016年の前回選挙年にも起こった人種間闘争が2020年にも起こったのを偶然と見るか、大統領選挙年を狙ってわざと起こした計画的な事件だと見るかで大モメにモメたりもしています。
一警官が黒人容疑者をカメラの前で窒息死させてしまったのを計画的と唱えるのはムリだろと思われるでしょうが、実際にそういう主張をしている人はSNS上にいくらでもいました。トランプ政権幹部が決して「Black Lives Matter」とは言わない、Black Lives Matterは国民の分断の言葉だとまで言って反発するのは、人種問題が今クローズアップされているのは計画的な反乱行為だという主張と軌を一にしていると言えます。

そんな感じで国内でまともなものからトンデモまで様々な政治的主張が飛び交うのが大統領選挙年ですが、最近公共放送PBSで「America's Socialist Experiment」訳せば「アメリカの社会主義者実験」という番組をやっていました。これも政治の季節に合わせて制作されたのかなぁという感じの企画です。中身は中西部ウィスコンシン州ミルウォーキー市を題材にした番組でしたが、なんとそれに前MLBコミッショナーのBud Seligさんが出演していてびっくりしました。SeligはMLBのコミッショナーになる前はMLB Milwaukee Brewersのオーナーで、ミルウォーキー市生まれ育ちで往時を知る地元の名士の一人ということでこの番組に出演していたようです。

ミルウォーキー市というのはアメリカでは珍しいSocialist Partyの市長を3代も選んだ都市だったそうです。市長の政策が社会主義的だったという話ではなく、Socialist Party社会党の候補として当選した市長が3代計40年以上もあったと。一時点では民主党と共和党が統一候補を立てないと勝負にならないほど社会党の市長への支持が強かったという歴史すらあるそうです。それでその後同市やウィスコンシン州がさらに左へ行って共産化したかというとそうはなってないんですが、とにかくそういう歴史があったと。番組の中身はなかなかおもしろかったのですが、多くはアメスポと関係ないので当ブログで取り上げるべきことではないでしょう。


それで表題の件です。
ここからはSeligさんの意見なんですが、ミルウォーキー市が社会主義政策を推し進めたことでスポーツ界にも良いことがいくつも起こったと言うのです。その一つがNFL Green Bay Packersが生き延びることができたことだと言うんですね。話の展開があまりにも意外で見ていて、ほぅ、どうなるとそうなるの、と見入ってしまいました。
当ブログでは過去何度も書いていますがBud Seligコミッショナーは優秀な方でMLBの現在のビジネス的隆盛の大半はSeligコミッショナー時代の功績でしょう。1990年代のストによる人気低下後から就任。リーグ拡張、ポストシーズン改革、インターリーグ戦創設、ステロイド政策の策定、労使両方から反対されながらWorld Baseball Classicを創設したのもSelig時代の功績のひとつです。いまのコミッショナーとはリーダーシップで比較になりません。喋り方はぶっきらぼうなのに説得力はあるというなかなか味のある方でした。

Seligさんに言わせると社会党の市長の下、同市は市民ためのスポーツ施設の拡充やミシガン湖に面した公共のビーチの開発などに努めた。その流れの中、MLBチームもないのに公金でMLB仕様のスタジアムも建てたのだそうです。リーグ拡張に失敗して破産状態だったMLB Seattle PilotsをSeligさんが購入してMilwaukeeに移転してそのスタジアムにすっぽり入ったのは後のこと。

で、Packersですが、当時ウィスコンシン州内の小都市Green BayでPackersは財政難に陥り身売り移転倒産が間近だったと。Milwaukee市はPackersの移転誘致も念頭に同市内でのPackersの試合を開催。開催地は上述の公営Milwaukee County Stadium。同所での試合は多くの観客を集め、Packersに当座の資金とGreen Bayの新スタジアム建設を計画するための時間的な余裕を与えたのだというのがSeligさんの述懐です。Milwaukeeの公営スポーツインフラがPackersを救ったというわけです。
その結果できたのがNFLの名物スタジアムのひとつLambeau Field。大箱のLambeau Fieldを得たことでPackersは経営的安定を確保し小都市にも関わらず存続できたアメスポでも稀有な存在として生き残ったという流れだそうです。

私が最初に渡米した頃もPackersはまだ@Milwaukeeでも試合をしていたのを見た記憶がありますからLambeau Fieldができた後もMilwaukeeとの繋がりは末永く残っていたことになります。


アメリカでは国内で静かに社会主義が台頭しているという話はときどき耳にするようになっています。その流れの中で、アメリカ近代史で既に米国内で一度実際に社会主義の地方政権が存在した実例をまとめたドキュメンタリー番組だと理解してます。1960年以降は同市の市長には民主党候補が連続当選しているようで、なぜ社会主義は廃れたのですかという問いについては、社会主義的な政策で良かったものは大半既成政党が取り込んで当たり前の政策になって既に実現しているからだというのが同番組に出演していた識者の意見でした。その辺は日米を含め西側陣営各国似たような状況かと思いますので理解しやすいところです。