現在アメリカサッカー国内リーグMLSの動員頭はAtlanta Unitedなわけです。Atlantaはアメリカ南部の最大の大都市。MLSは1996年にリーグを始めてからAtlantaに進出するまでに21年を要しました。MLSにとって南部は長く空白区だったわけです。満を持してAtlantaにチームを作るとなったときにも多くの関係者から「Atlantaはダメだ、やめた方がいい」と強い否定意見が出ました。今ESPN系でサッカー解説をやってるTaylor Twellmanも散々ムリだと放送で言いまくっていたのですが、予想を大きく裏切る成功で動員記録を維持しています。ホームのNFL Atlanta Falconsの美麗な新スタジアムMercedes-Benz Stadiumの新スタ効果も当初は多分にあったでしょうが、それだけでは説明がつかないレベルで現在も動員を維持してます。
そもそもなぜ関係者がこぞってAtlantaはムリだと予想したのかというと、ありていに言ってしまえば南部ではサッカーに対する偏見がひどいから、ということになります。南部はアメリカの平均とはいろいろと違います。その違いは海外からだとうまく感じ取りにくいでしょうが、実にアクが強いです。
一般に南部というのは南北戦争の南軍地域とほぼ同じです。政治的には保守の鉄板州が多い。人種差別も根強い。これが南部のうちでもDeep Southと言われる諸州になるとその傾向がさらに強い。一般にはDeep Southとはアラバマ、ジョージア、サウスカロライナ、ミシシッピ、ルイジアナの各州を指します(文脈によってはテキサスを含むときもあり)。そしてDeep South内の最大の都市がジョージア州Atlantaというわけです。
スポーツでいうと南部はカレッジフットボールの最強カンファレンスSECの強固な地盤でもあります。SECフットボールのフィールド上での実力、そしてファンの熱さはものすごいものがあります。動員力はNFLをしのぐほどで、8万人10万人という巨大スタジアムを毎試合埋めます。(NFLスタジアムは6万人前後の規模のものが多い)
そのSECは男子サッカーをいまもって正式種目にしていません。女子サッカーはSEC所属14校全部にあるんですが。かなり普通ではない男子サッカー疎外がいまもって行われているのがSECの土地柄なんですね。
また北アメリカ大陸の中央部穀倉地帯からその南、オクラホマ・テキサスにまたがる地域を地盤とする5大メジャーカンファレンスのひとつBig XIIカンファレンスも男子サッカーが正式種目としてありません。女子サッカーは所属の10校すべてチームがあり正式種目ですが、男子はない。あとからBig XIIに加入した東の飛び地のWest Virginiaには男子サッカー部はありますが、Big XIIでは対戦相手がないので男子サッカー部だけはBig XIIではなくMAC所属になってます。SECとBig XIIの両カンファレンスを足すとアメリカのメジャー大学のざっと40%が男子サッカーを正式種目として認めていないということになります。Big XIIのまたがる地方も価値観はSEC地区と共通する傾向があります。強い保守の地盤州でもあります。
また先日紹介したDr. PepperのTVコマーシャルでカレッジフットボールファンがサッカーを揶揄する内容のそれは、そうとは明瞭には言ってませんがものすごく南部っぽい風景だとアメスポファンはすぐに嗅ぎ取ることでしょう。サッカーは女のスポーツだ、男がやるのは女々しいというような偏見が21世紀になってもまかり通りうるのが南部だとご理解ください。
もうひとつ余計な話を加えるとサッカーファンは政治的にリベラル層が多いのが調査上明らかになっており、これも南部でサッカーが差別されやすい原因につながっている可能性があります。
そういうわけで南部と男子サッカーは相性がとてもとても悪いと誰もが思っていたため、MLSも大都市であるにもかかわらずAtlanta進出を長年目指さなかった。それが踏み切ってみたら盛況。良い方に予想が大きくハズレたわけです。
で、その理由ですが、私の解釈はこうです。南部でも少年少女のサッカーの草の根は長年あってサッカーをやっていた元選手たちは数はかなりいたのだろうと。但しその土地柄からして男子サッカーは常にフットボール選手やファンに見下され揶揄される対象になりがちだった。それがMLS Atlanta Unitedという応援の核を得て一斉蜂起した状態なのではないかと。過去のコンプレックスの裏返しが爆発して、自己肯定がAtlanta United支持に結びついた結果なんじゃないかなと。
この私の解釈が当たっているかどうかは確かめる術がない(否定する材料もないと思いますが)ので読む方はあくまで憶測程度に思っていただいて良いですが、少なくともそう捉えることは可能ということで。それに他に納得できる説明をマスコミその他でも聞いたことが一度もありませんし。
ほかのAtlanta Unitedの成功の要素としてはMLSが参入したタイミングというのがNHL Atlanta Thrashersが移転して消滅した直後だったので元Thrashersのシーズンチケットホルダー(個人・法人)のお金が行き先を求めていたのをうまく吸収した可能性はありそうです。これはSeattle SoundersがMLSに参入したときにNBA Seattle Supersonicsの転出が重なったのと似たケースだったでしょう。
Atlantaのそれは南部のサッカーの潜在的劣等感と抑圧の歴史をうまく観客動員に昇華した部分があったとして、あとのMLSの動員成功二例=Seattle SoundersとFC Cincinnatiはもっと健全に見えます。コンプレックスの裏返しではなく、もっとニュートラルな意味でサッカーを好んで見るひとたちがちゃんと育っていたのではと思わせるところがあります。SeattleもCincinnatiもヒスパニック人口の多い都市でもありません。普通のアメリカ人の支持を受けているように見えます。
Seattleのときはあまりにも突然の意外な成功で、成功する前をリアルタイムで観察できなかったのであまり語れないのですが、現在進行形のFC Cincinnatiの成り上がりの僅か3年の軌跡を見ていると、いままでのMLSの成功例と違うと思わせるところがあります。
上で触れた通りSeattleのケースならNBAが、AtlantaならNHLがそれぞれ転出した後にMLSが参入したので、元々NBA SonicsやNHL Thrashersにお金を使っていたシーズンチケットホルダーや法人から需要をある程度吸い上げた可能性がありますが、Cincinnatiの場合はそれはない。CincinnatiにはMLBとNFLのチームが長年所在し強くはないですがどちらも健在。
Seattle Soundersというチーム名は(正式には別組織ながら)1970年代NASLの昔から存続してきた地元ではなじみの老舗サッカーチームでもあったわけですが、Cincinnatiの場合はそれもありません。2016年になにやら唐突に設立されたローカルセミプロチームがなぜか地元で大当たりして満員の盛況を続け、3年後にMLSに昇格(正式にはこれも同名の別組織ですが)したという成功例です。MLSが市場リサーチしてこの都市がサッカービジネスの拡張先として良いとかなんとかそういう選別をしたわけでなく、どちらかというとMLSはノーマークだった地方都市で突然マイナーリーグサッカーチームが人気になって、それが無視できない勢いとなったという不思議なボトムアップの例なのです。
アメリカのサッカービジネスでこれに近い例はたぶん1990年代のRochester Raging Rhinos(現Rochester Rhinos、活動休止中)しかありません。当時はMLSの成立初期で、きついサラリーキャップのあった零細MLSよりも予算が多く、動員も北米最大のサッカーチームだったアメリカサッカーのミュータント的存在だったチームです。いまとなってはその存在を知ってる人もほとんどいないでしょうが、あれはすごく不思議でした。
FC Cincinnatiの自然発生的な成功は既存のサッカーファン(多くはサッカー国にルーツを持つひとたち)に頼らない、アメリカ生まれのアメリカ人サッカーファンに支えられたOur Soccerの成功例として考えられるのではないか、という意味で大きいと思うのです。
そもそもなぜ関係者がこぞってAtlantaはムリだと予想したのかというと、ありていに言ってしまえば南部ではサッカーに対する偏見がひどいから、ということになります。南部はアメリカの平均とはいろいろと違います。その違いは海外からだとうまく感じ取りにくいでしょうが、実にアクが強いです。
一般に南部というのは南北戦争の南軍地域とほぼ同じです。政治的には保守の鉄板州が多い。人種差別も根強い。これが南部のうちでもDeep Southと言われる諸州になるとその傾向がさらに強い。一般にはDeep Southとはアラバマ、ジョージア、サウスカロライナ、ミシシッピ、ルイジアナの各州を指します(文脈によってはテキサスを含むときもあり)。そしてDeep South内の最大の都市がジョージア州Atlantaというわけです。
スポーツでいうと南部はカレッジフットボールの最強カンファレンスSECの強固な地盤でもあります。SECフットボールのフィールド上での実力、そしてファンの熱さはものすごいものがあります。動員力はNFLをしのぐほどで、8万人10万人という巨大スタジアムを毎試合埋めます。(NFLスタジアムは6万人前後の規模のものが多い)
そのSECは男子サッカーをいまもって正式種目にしていません。女子サッカーはSEC所属14校全部にあるんですが。かなり普通ではない男子サッカー疎外がいまもって行われているのがSECの土地柄なんですね。
また北アメリカ大陸の中央部穀倉地帯からその南、オクラホマ・テキサスにまたがる地域を地盤とする5大メジャーカンファレンスのひとつBig XIIカンファレンスも男子サッカーが正式種目としてありません。女子サッカーは所属の10校すべてチームがあり正式種目ですが、男子はない。あとからBig XIIに加入した東の飛び地のWest Virginiaには男子サッカー部はありますが、Big XIIでは対戦相手がないので男子サッカー部だけはBig XIIではなくMAC所属になってます。SECとBig XIIの両カンファレンスを足すとアメリカのメジャー大学のざっと40%が男子サッカーを正式種目として認めていないということになります。Big XIIのまたがる地方も価値観はSEC地区と共通する傾向があります。強い保守の地盤州でもあります。
また先日紹介したDr. PepperのTVコマーシャルでカレッジフットボールファンがサッカーを揶揄する内容のそれは、そうとは明瞭には言ってませんがものすごく南部っぽい風景だとアメスポファンはすぐに嗅ぎ取ることでしょう。サッカーは女のスポーツだ、男がやるのは女々しいというような偏見が21世紀になってもまかり通りうるのが南部だとご理解ください。
もうひとつ余計な話を加えるとサッカーファンは政治的にリベラル層が多いのが調査上明らかになっており、これも南部でサッカーが差別されやすい原因につながっている可能性があります。
そういうわけで南部と男子サッカーは相性がとてもとても悪いと誰もが思っていたため、MLSも大都市であるにもかかわらずAtlanta進出を長年目指さなかった。それが踏み切ってみたら盛況。良い方に予想が大きくハズレたわけです。
で、その理由ですが、私の解釈はこうです。南部でも少年少女のサッカーの草の根は長年あってサッカーをやっていた元選手たちは数はかなりいたのだろうと。但しその土地柄からして男子サッカーは常にフットボール選手やファンに見下され揶揄される対象になりがちだった。それがMLS Atlanta Unitedという応援の核を得て一斉蜂起した状態なのではないかと。過去のコンプレックスの裏返しが爆発して、自己肯定がAtlanta United支持に結びついた結果なんじゃないかなと。
この私の解釈が当たっているかどうかは確かめる術がない(否定する材料もないと思いますが)ので読む方はあくまで憶測程度に思っていただいて良いですが、少なくともそう捉えることは可能ということで。それに他に納得できる説明をマスコミその他でも聞いたことが一度もありませんし。
ほかのAtlanta Unitedの成功の要素としてはMLSが参入したタイミングというのがNHL Atlanta Thrashersが移転して消滅した直後だったので元Thrashersのシーズンチケットホルダー(個人・法人)のお金が行き先を求めていたのをうまく吸収した可能性はありそうです。これはSeattle SoundersがMLSに参入したときにNBA Seattle Supersonicsの転出が重なったのと似たケースだったでしょう。
Atlantaのそれは南部のサッカーの潜在的劣等感と抑圧の歴史をうまく観客動員に昇華した部分があったとして、あとのMLSの動員成功二例=Seattle SoundersとFC Cincinnatiはもっと健全に見えます。コンプレックスの裏返しではなく、もっとニュートラルな意味でサッカーを好んで見るひとたちがちゃんと育っていたのではと思わせるところがあります。SeattleもCincinnatiもヒスパニック人口の多い都市でもありません。普通のアメリカ人の支持を受けているように見えます。
Seattleのときはあまりにも突然の意外な成功で、成功する前をリアルタイムで観察できなかったのであまり語れないのですが、現在進行形のFC Cincinnatiの成り上がりの僅か3年の軌跡を見ていると、いままでのMLSの成功例と違うと思わせるところがあります。
上で触れた通りSeattleのケースならNBAが、AtlantaならNHLがそれぞれ転出した後にMLSが参入したので、元々NBA SonicsやNHL Thrashersにお金を使っていたシーズンチケットホルダーや法人から需要をある程度吸い上げた可能性がありますが、Cincinnatiの場合はそれはない。CincinnatiにはMLBとNFLのチームが長年所在し強くはないですがどちらも健在。
Seattle Soundersというチーム名は(正式には別組織ながら)1970年代NASLの昔から存続してきた地元ではなじみの老舗サッカーチームでもあったわけですが、Cincinnatiの場合はそれもありません。2016年になにやら唐突に設立されたローカルセミプロチームがなぜか地元で大当たりして満員の盛況を続け、3年後にMLSに昇格(正式にはこれも同名の別組織ですが)したという成功例です。MLSが市場リサーチしてこの都市がサッカービジネスの拡張先として良いとかなんとかそういう選別をしたわけでなく、どちらかというとMLSはノーマークだった地方都市で突然マイナーリーグサッカーチームが人気になって、それが無視できない勢いとなったという不思議なボトムアップの例なのです。
アメリカのサッカービジネスでこれに近い例はたぶん1990年代のRochester Raging Rhinos(現Rochester Rhinos、活動休止中)しかありません。当時はMLSの成立初期で、きついサラリーキャップのあった零細MLSよりも予算が多く、動員も北米最大のサッカーチームだったアメリカサッカーのミュータント的存在だったチームです。いまとなってはその存在を知ってる人もほとんどいないでしょうが、あれはすごく不思議でした。
FC Cincinnatiの自然発生的な成功は既存のサッカーファン(多くはサッカー国にルーツを持つひとたち)に頼らない、アメリカ生まれのアメリカ人サッカーファンに支えられたOur Soccerの成功例として考えられるのではないか、という意味で大きいと思うのです。