天候不順で日曜日のレースが今日月曜に順延となったNASCARのTalladega Superspeedwayでのレースが壮絶フィニッシュの好レースとなってます。最後の5ラップだけでも10台以上が現実的にレースに勝てる位置でひしめき、ファイナルラップに2つのクラッシュが発生しながらそのままフィニッシュ。勝ったRyan Blaneyが隣につけていたRicky Stenhouse Jr.を跳ね飛ばしながら鼻の差でゴールラインへ。跳ね飛ばされたStenhouseはスピンしながらテールからゴールラインに3位で到達。なかなかお目にかかれない絶叫の幕切れでした。いやーこのエンディングを在宅率の高い月曜夜に放送することになっためぐり合わせはNASCARツイているとも言えます。

その上この日はNASCARに注目が集まるニュースがありました。それがあったので普段よりNASCARがやっているのを見かけたらチャンネルを止めた可能性があります。
NASCAR CupドライバーのBubba Wallaceのガレージエリアに首吊縄が置かれていたという事件が前夜にあったようです。43番カーに乗るWallaceは26歳、Cup戦で唯一の黒人ドライバーです。首吊縄(noose)には白人による黒人狩りに使用されてきたリンチの象徴の歴史上の意味があります。

先日来書いているNASCARの南軍旗の持ち込み禁止の措置が決まる前の段階でWallaceが声を上げてNASCARに談判したのがきっかけになって公式に南軍旗禁止となったとされます。このタイミングでわざわざ首吊縄をWallaceに突きつけるというのは持ち込み禁止に反対する人の仕業と考えないといけなさそうです。それにしてもあまりにも露骨な人種的嫌悪の表現でドン引きですね。

黒人リンチの伝統は南部では1980年代辺りでも生きていたとされます。落合信彦の「アメリカの狂気と悲劇」を少年の頃に読んだのがこの件について個人的に触れた最初であったと記憶します。KKKのリーダーだったDavid Dukeを取材したもの。Dukeはその後ルイジアナ州の州議会議員として活躍した人です。いま調べたらまだ存命なんですね。
その作品の中では以前ならKKKの集会の後には毎回黒人狩りに出て吊るしたもんだ、いまはニューKKKだからそんなことはしないよ、という描写があったと思います。同時に「あの下に何人のクロンボが埋まっていることか」とDukeがつぶやいたという部分もあったはずです。
同作品は1984年出版と40年近く前。ではいまとなっては根絶したかというとどうもそうでもないらしいんですね。地下に潜ってしまっている。ときどき自殺の理由が見当たらない黒人の首吊死体が見つかることがあり、地元警察と地元民の阿吽の呼吸で自殺として処理されてしまっている、ということになってます。で、つい先週も黒人奴隷解放記念日にカリフォルニア州で黒人の首吊自殺体が発見され、家族は自殺とは思えないと訴え、本来管轄である地元の警察の捜査を制して連邦捜査官が捜査に入ってます。この意味するところはリンチ殺人と地元警察検察の結託という昔ながらのパターンの可能性を連邦が追っているということです。

というわけで首吊縄と黒人への人種憎悪というのはセットでアメリカの黒歴史でもあり、今も生きる恐怖として残っているわけです。そういう事情の中、Wallaceへ首吊縄を示すというのは冗談では済まない行為でしょう。これも地元アラバマ州警察だけでなくFBIも既に捜査に参加しているとされます。
これが起こった場所がレース場内なのでそこまで入れる人の数は限られており、NASCARは場内のカメラを始めとした全てのリソースを捜査側に提供して全面協力すると発表しています。犯人が見つかった際にはNASCARに一生入場禁止とすることも公約してます。
レース前にはWallaceの車を先頭にして同僚レーサーたちがピットロードを行進してWallaceを支持し人種憎悪行為を非難。NASCARの重鎮Richard Petty御大も登場してWallaceを抱擁。この場面が今日の一般のニュースで何度も流されていたので、それを見てその後たまたまNASCARのレースが地上波FOXでやっているのを見かけた人は普段よりも長くチャンネルを合わせていたんじゃないかなと想像します。そしてまた運のいいことに好レースという流れでした。
Wallaceも健闘して終盤まで3−4位につけて好走。但しガス欠となって最終ラップ前に脱落。レースの展開のせいで最終ラップ付近でガス欠になったドライバーが何人も出るし、上述の最終ラップの2度のクラッシュと混乱の多いおもしろいレースでした。たまたま見ちゃった方はラッキーなものを見たと言えます。


Richard Pettyについては一つ付け加えておきたいです。PettyはCup戦7度優勝の歴史的レーサー。映画やCMにも多数出演、たぶん顔認知度ではNASCAR史上最強であるはずの方です。7度優勝はDale EarnhardtとJimmie Johnsonと並んで史上最多。ただかなりアクの強い古いタイプの方で、決して常にポリコレな発言をする方ではありません。
例えば女性人気ドライバーのDanica PatrickがIndyCarからNASCARに移籍してきたときに「あの女が勝てるとしたら一人も男性ドライバーが出場していないときだけだろ」と言い放った方です。言いっぱなしでそれを謝罪したという話もありませんでした。謝罪もへったくれも誰もその発言を批判しなかったように記憶します。言われたDanicaもNASCARで新顔だった立場からか「それが彼の個人の意見なのでしょう。それを言う権利を持つ方だと思います。私は同意はしませんけど」と冷静に反応。さすがド南部NASCARはIndyとは違う世界なんだなと思わされた事件でした。

そのポリコレ無視のPettyが今回は迅速に今回の事件で登場したのは意外です。WallaceはRichard Petty Motorsports所属でその意味ではWallaceとのつながりはありますが、御年82歳。NASCARは疫禍対策でレースの進行に直接関係のない人員は現地に行かないルールとなっており、シーズン再開後はレースアナ解説を始めNASCARの会長役員や各チームのオーナーも会場に一切同行していません。そういう中、雨天延期で予定外の月曜日にPettyが急遽アラバマまで飛んできてWallaceの激励に努めたそうです。Pettyさんは女は嫌いだが黒人嫌いではないんだなということになります。