John Rocker。皆さんご記憶でしょうか?MLB Atlanta Bravesで短期間クローザーとして活躍した大型白人投手です。が、ほとんどの場合John Rockerといえば舌禍事件で悪名を轟かせた鼻持ちならない選手として記憶されているかと思います。当時Greg MadduxやTom Glavineを擁して常勝だったAtlanta Bravesにやってきた恐れを知らない若き新クローザー。人を食った態度でアウェイのファンと悪罵の交換ぐらいは日常茶飯、その後人種偏見を全開にしたインタビュー記事がSports Illustrated誌に掲載後はPublic Enemy(社会の敵)ナンバーワンとなりメディアで取り上げられ、結局その影から逃れられずさすがの悪たれ坊主も成績が下降していって表舞台から消えていった選手です。当時はまだインターネットの普及が進んでいなかった時代ですが、あれがいまのソーシャルメディアの発達した現代だったとしたらどんな騒ぎになったのか。

当時、地元アトランタではRocker支持者というのはけっこういたものです。街頭のテレビのインタビューで堂々Rockerの言ってることは正しいと言い切る女性なんかも見たことがあります(サングラスはかけてましたが)。アトランタは南部ど真ん中、人種的な葛藤の大きい都市ですからRocker的な見方も支持を受けることができたようです。いまの実名ソーシャルメディアの世界だったら逆に支持者は支持を表明しにくくなるのかもしれませんし、どうなんでしょうか。そうやって考えてみると当時のBravesは中心選手の多くがアメリカ人白人だったなという気がします。McGriffなんかもいましたが…検証していないのでいまここでは印象だけで語っておきます。


さて表題の件ですが、その一昔前の人種関連発言についてではありません。最近になってRockerがPEDに関して発言したのですがそれに深く同意してしまったのでそのお話を。

Rockerの主張は、PEDのおかげでMLBもファンも散々楽しんだし、その遺産を今も受けて繁栄しているじゃないか、というものです。特にSammy SosaとMark McGwireのあのホームラン量産競争となったあのシーズンを例として挙げています。

これ、私はつくづく同意してしまったわけです。McGwireはPED使用で断罪されて涙の懺悔まで何年も苦しい思いをしました。Sosaは表向きMcGwireのような断罪モードでメディアに晒される機会はほとんど記憶にないですが静かに表舞台から消された・消えたという風に見えます。二人のあのホームラン協奏曲から遅れること数年、Barry Bondsがこの二人を抜き去って史上最多ホームランを記録したわけですが、毎日毎日、ホームランが出たのか出ないのか気になって仕方ないという興奮を味合わせてくれたという意味ではBondsよりもSosa/McGwireのときの方が上だったように感じます。後から見ればどちらもPEDで伸ばした飛距離と記録だったわけです。それを事後的になかったように扱うのは違うだろうというのは以前からときどき思っていたわけです。McGwireもSosaもBondsもなにかとんでもない悪事を起こしたかのように扱われる。McGwireは復権に向けて打撃コーチになってみたりしていますが、PEDで成績を伸ばした選手に打撃のメカニクスの指導ができるのか?という色眼鏡での否定も当然のようにつきまといます。あれだけの楽しみをファンに与えてくれた功労者を事後的なルール変更を理由に名誉をおとしめる。それは正しいのかなという疑問があります。

もちろんPEDの蔓延を防ぐための心理的防波堤としてPEDを使用した成功者は評価されないんだという実例を晒すことでの教育的効果はあるんでしょうが、あの奇跡のホームラン競争のシーズンがなかったことのようにされているのは悲しむべきことだと思います。間違いなくエキサイティングだったのですから。人々の興味が集中しMLBは多大な金銭的な恩恵と巨大なパブリシティを得たはずです。しかしMLBは当該選手たちを断罪するばかりで自らが当時得た利益は手元に残したままです。それを片手落ちだろという指摘は十分に成立する議論かと思います。

この点を指摘できるのは既にMLBから離れた仕事に従事し、イメージ的にも実際的にもMLBから切り離された立場(将来年金を貰うだけが関わりか)のRockerだから言ってしまえる部分でもあるのでしょう。