脳震盪の問題を減らすためにフットボールのヘルメットを排除してみたらどうか、というのは実際的な提案ではないです。ヘルメットが提供する保護は他の方法ではできないこともありますし、既に採用されているものをいまさらはずすわけにいかないのもわかる。もしそういう決定をしたとしたら訴訟社会のアメリカでもたない可能性もわかります。それでも利点もあるかと思われるので、ちょっとした思考のトレーニングぐらいの感じでおつきあいください。考えながら書くので整理が悪い文章になりますがご容赦いただきますよう。
なぜヘルメット廃止というのを言ってみようかと思ったのはまずラグビーの試合を見ていると頭部の怪我というのが実に少ないことに由来します。これはラグビー(ユニオン/リーグ共に)に限らずオーストラリアンルールズでもゲーリックフットボールでもハーリングでも頭部の防具はありません。個人のオプションで付けているひともいますが。ハーリングなんかは道具(ハーリーと呼ばれるスティックを思い切りフィールド上で振る)が絡むのでなんか顔の防護をした方がいいんじゃないのか?と見るたび思うわけですが、非着用。他の世界各地のフットボールはそれぞれかなり激しい当たり合いがスポーツのエッセンスとして存続しつつ、ヘルメット不在のまま十分に成立している。なぜアメリカンフットボールだけがヘルメット保護になっているのか。なぜアメフトだけがヘルメットがないと成立しないのか。
もちろんこれには理由があって、アメリカらしい問題への明瞭で即効性のある対策という歴史を経て採用されたものです。詳しい歴史は省きますが要は当時あまりに重大な事故や死亡事故が多く発生していたため、連邦政府が介入してフットボールを禁止するかもしれない、というスポーツの存亡の危機に立った時代があった。そこでルール変更で接触を制限してより安全なフットボールに改変するか、防具を採用することで接触制限を最低限に保ちスポーツの荒々しさを維持するか、の二者択一を迫られた時期があった。当事者たちはフットボールを軟弱なものにするのを良しとせず後者を選択していまに至る、というのが簡略な歴史なのですが、2010年代に至って再び同じ問題に直面しているわけであります。
尚、アメリカンフットボール以外でフルフェイスのヘルメットを着用する球技としては男子のラクロスがそうです。これは北米原住民の古来競技に由来する北米原産のスポーツでアメフトと同じくアメリカの意向でルールが決まる競技と言ってよい。競技の流れとしてはハーリングに類似するわけですが、ハーリングは防具なし、北米産スポーツのラクロスはフルフェイス着用ルールであることは偶然ではないでしょう。
さてアメフトで最も頭部や頸部の重大な怪我が発生するとされるキックリターンの場面。これに類する場面はラグビーにもオージールールにも存在します。でも怪我にならない。あの場面で大怪我をしたという話をきかない。なぜかというとひとつは(1)キック側にも捕球権があるため両チームはともにボールに向かってプレーをするからキャッチを待ち構えて直後のフルスピードタックル直撃という場面が少ない。そして(2)突撃する側にヘルメットがあることからその防護力を過信して頭から突っ込む選手が後を絶たないのと逆に突っ込む側に自己抑制が利いて自然にタックルを受ける側の重大な怪我が避けられている。
ヘルメットを廃止したらいいんじゃないのか?という私の今回の疑問はこの(2)の部分(仮にヘルメットの武器的使用と呼びましょうか)を問題にしているわけです。ヘルメットがなければ自分の頭もヤバイからいまのような無茶な突っ込み方はしなくなるんじゃないのか?ということです。数年前からhelmet-to-helmetのコンタクトはパーソナルファール15ヤード罰退となっています。その反則がコールされる頻度は導入当初より頻繁で厳格になってきており、選手保護を優先しているのはわかりますがそれで十分なのか。ラグビーでは首から上へのタックルは反則で一発退場もあり、シンビン入り(一時退場で少ない選手数でプレー)は最低でも確定的で、それと比較すると15ヤード罰退はまだまだ緩いように思われます。
リターン以外の場面だと(3)アメフトの特殊性はボールを持っていない選手同士のコンタクト(ブロック)が許されていること。これがあるため思っても見ない方向からの突撃を受けて昏倒という場面が生じやすいことも問題です。ラグビーなどではボール保持者以外へのタックルはこれも一発退場ものの反則。ボールを捕球する前のアーリータックルも手放したあとのレイトタックルへの罰則も重い。ブロックはタックルとは違いますが、ボールプレーをしていない選手がブラインドサイドから突撃を受けるのがルール内であるというのは世界のスポーツの中でも例外的なルールであるはずです。
昨季ClevelandのQB Colt McCoyがスクランブルからボールを離したあとにLBにヘルメットで顎にぶちかまされたことがありました。脳震盪ノックアウトを喰ったあのシーンです。あのときはヘルメットの武器的使用の問題と、その後のベンチでの脳震盪を起こした選手の起用法や医学的見地を生かしたルールの整備などが当時激しく議論されたのですが、罰則を見直そうという話にはならなかった。LBの方を責める論調はほとんどなかったように感じました。この辺がまだまだ認識が甘いかなという気がするところで、これもヘルメットがあって当たり前という常識の弊害かなという気がするわけです。ヘルメットなしならこれは避けられた事故だったろう、と言えるわけです。またLBへの非難が少なかったのは今後の安全性重視のルール改正への潜在的な強い抵抗を感じさせるものでもありました。
こういうフットボールのルール環境でどういう効果的な脳震盪対策が可能なのか、と言えばひとつは頭部へのいかなる形のタックル・ブロックも禁止して厳罰化することが一つでしょう。この方向が一番、現行の試合の流れを壊さない解決策のひとつでしょう。個別にはパントリターンで一時期、大学フットボールで採用されたキックレシーバーの占有距離を定める(halo rule)=捕球直後のタックルを禁ずるであるとか、ブロックを前方からだけに制限するなどがあり得ますが、相当に大きなルール改正になるし、売り物のエキサイティングなハードヒットの大きな減少にもなるでしょう。
ハイスピードでの激突型の負傷とは別に脳震盪対策の場合はもうひとつ問題となる局面があります。スクリメージラインでのぶつかり合いです。スピードは低いですが大型選手同士数名が繰り返し頭部のヒットを繰り返すスクリメージラインでの攻防もダメージを蓄積する健康被害が発生しやすそうな局面。ここでの問題を低減する方法があるでしょうか。ヘルメットが当たらないスクリメージラインの攻防というのがあり得るのか。
類似スポーツから学ぶとすると、この局面はラグビーで言えばスクラムが類似です。スクラムでは過去、頸部の重大な損傷の問題がありいくつかの改善策が施されています。スクラム潰れに対する厳罰化、そして助走距離をつけてのスクラムの反則化です。これに類する防護策がアメリカンフットボールが組み込めるかというと相当に難しいように感じます。なぜかというとラグビースクラムではその仕組み上、頸部の負傷はあっても、頭部の負傷はほとんど考える必要がない。似ているようで問題の質がかなり違うと思われるからです。またはラグビーでもラグビーリーグ(日本では馴染みがないでしょうが、リーグのルールではスクラムは一切押しません)ならそもそもスクラム自体を形骸化させている。こういうやり方がフットボールで可能かというと、大変な抵抗に遭うように思われます。例えばランジェリーフットボールでやっているようなラインの攻防になってしまうわけです。これはラインメン不要論にもなる事態で現実的ではなさそう。大型の男達の職場が完全に消失してしまうわけですから大きな抵抗が出る、よってNFL選手会も受け入れられないでしょう。ではラインの攻防ありでなおかつ脳震盪リスクをなくすまたは減らすというと頭が当たるのを全て反則にするしかない。または助走によるショックを避けるためにニュートラルゾーンを廃止して両チームのラインメンが肩に手を触れた状態でスタートというようなことも考える必要があるか。だったらヘルメット要らないんじゃないか?ということになるわけです。